神戸地方裁判所 昭和42年(ワ)1194号 判決 1971年12月14日
原告
円井英世
同
円井章央
同
円井キクエ
右代理人
北山六郎
被告
国
右代表者法務大臣
前尾繁三郎
右指定代理人
下村浩蔵
ほか三名
被告
兵庫県
右代表者知事
坂井時忠
右代理人
金光邦三
被告
加西治
右代表者市長
内藤節治
右代理人
安富敬作
ほか五名
被告
株式会社原戸組
右代表者
原戸正
右代理人
金光邦三
同
飯沼信明
主文
一 被告兵庫県、同加西市、同株式会社原戸組は、各自原告英世に対し金一三一九万九〇三六円、および内金一二一九万九〇三六円に対する昭和四二年一一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を、原告章央、同キクエに対し各金一一万円および内金一〇万円に対する昭和四二年一一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告兵庫県、同加西市、同株式会社原戸組に対するその余の請求および被告国に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、五分し、その一を原告らの、その余を被告兵庫県、同加西市、同株式会社原戸組の負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
一 当事者の申立
原告らは、「被告らは各自原告英世に対し金二三四六万三五五二円、原告章央、同キクエに対し各金五七万五〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、
被告株式会社原戸組、同加西市、同国は、いずれも、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、
被告兵庫県は、「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
二 原告の主張
1 事故の発生
原告英世は、昭和四〇年三月二三日午後八時三〇分ごろ軽二輪車(ホンダ二五〇CC)を運転して加西市(当時は加西町)大字繁陽と同繁昌間を結ぶ加西市道(当時は町道)を時速約三〇キロメートルで繁昌方面へ向つて北進して万願寺川支流の排水路に架けられた通称ウリヤ橋にさしかかつたが、右橋は架換工事中で旧土橋が取毀れていたのでそのまま突込んで深さ約四メートルの川底に転落し、頭部挫創、頭部外傷型、背髄圧迫骨折等の傷害を負い、大腿部から両足を切断するの止むなきにいたつた。
なお右排水路は用水路のため川床と堤の外の平地の田畑とは高低の差がなく、ウリヤ橋は平地より三メートル程高くなつているため走行車輛は登坂の状態になり夜間に前照灯が天空を照射する上右現場付近には照明がなく極めて暗く通行可能の有無を識別することができない状況であつた。
2 被告株式会社原戸組の責任
被告原戸組は右架換工事を兵庫県より請負つていたが、架換工事のため旧橋が取毀たれている場合には、交通の安全を保持し、危険を防止するため、通行禁止冊を設置し夜間は赤色危険標識灯を点灯するなどなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、なんら右措置をとることなく放置していたため、原告英世はウリヤ橋が工事中であつて旧橋が取毀たれていることに気が付かなくて川底に転落した。
したがつて被告原戸組は、原告らの蒙つた損害につき民法七〇九条ないしは七一五条によりその賠償責任を免れない。
3 被告加西市の責任
被告加西市は前記道の管理者であるが、およそ道路の管理者としては、道路を常時良好な状態に保つよう維持改善等するとともに、万一道路に破損、欠壊個所があるときは、交通の安全を保持し危険を防止するため、通行禁止柵を設置し夜間は赤色危険標識灯を点灯するなどの措置をとるべきである。ところが被告加西市はウリヤ橋が架換工事のため旧橋が取毀たれているのになんら右措置をとらなかつたため本件事故が発生した。被告加西市は市道管理に瑕疵があつたため原告らの蒙つた損害につき国家賠償法二条一項によりその賠償責任を免れない。
4 被告兵庫県の責任
(一) 被告兵庫県は万願寺川およびウリヤ橋の管理者である。
仮りに万願寺川の管理者が被告国であり、ウリヤ橋の管理者が被告国であるとしても、被告兵庫県は被告国の委任により万願寺川およびウリヤ橋の管理事務にあたつていた。
ところで橋梁の管理者として被告兵庫県は、右管理につき前記被告加西市道路管理と同様の措置をとるべきであつたのに、右措置をとらなかつたため本件事故が発生した。したがつて被告兵庫県は原告らの蒙つた損害につき国家賠償法二条一項による賠償責任を免れない。
(二) 仮りに被告兵庫県が、ウリヤ橋の管理責任がないとしても同被告は架換工事の費用の負担者であり、また本件川および橋の架換工事の管理に当つていた被告兵庫県の公務員の給与の負担者でもあるから、いずれの点からしても原告らの蒙つた損害につき国家賠償法三条一項による賠償責任を免れない。
(三) 仮りに右責任が認められないとしても、被告兵庫県は民法上の不法行為責任を免れない。すなわち被告兵庫県はその事業のため被告原戸組に本件工事を請負わせていたが、その請負契約によると、被告兵庫県は監督に人員を置き、工事の施行に立会い必要な監督を行ない被告原戸組の現場代理人へ指示し被告原戸組は右監督指示に従つて一切を処理すべきものとされると共に右監督員は工事につき災害防止その他工事の施行上必要なときは被告原戸組に臨機処置を求めることができるものとされていた。そして被告県の職員佐藤重等は現場に臨んで指導監督していたが、本件事故防止のための処置を命じたことがなかつた。
右のように請負工事につき施主が指導監督権を有し、かつ指導監督にあたつていたときは民法七一六条本文の適用はない。また橋の架換工事を請負わせながら、橋の取毀ちの際の注意標識の設置につき特に注意も与えずかつ右標識を設置していないことを見逃していた被告兵庫県の担当職員は「注文又は指図につき」過失があり同条但書に該当する。結局被告兵庫県は本件工事の施行者として、工事請負人である被告原戸組が原告らに与えた不法行為につき、民法七一五条により損害賠償責任を免れない。
5 被告国の責任
(一) 被告国は、本件架換工事につき国家賠償法三条にいう費用の負担者である。すなわち、(イ)本件工事は進駐軍および自衛隊の行為によつて生じた道路および橋梁の損傷を回復するための措置で、被告国は本件工事を必要とさせた行為者であるから、道路法五八条一項により法律上当然費用を負担すべき責任があり、費用の支出が補助金の名目で為されるか否かは費用負担者としての責任に消長を来すものではない。(ロ)また道路法五六条によると、市道等の改築については二分の一以内、道路の修繕に関する法律第一条、同施行令第一条によると補助基本額の三分の一を補助することになつているが、本件工事に関して、被告国は右補助率を遙かに超えた工事費の九〇パーセントを支出しているから、補助金の名目にかかわらず本件工事は被告国の事業ないし被告国の費用負担による事業というべきである。
したがつて被告国は原告らの蒙つた損害につき国家賠償法三条一項の責任を免れない。
(二) 仮りに右責任が認められないとしても、万願寺川は国有財産であり、かつその管理は被告国(建設省所管)に属しているところ、橋梁は河川の適正な利用と無関係でなく、道路河川双方の管理施設としての効用を兼ねる施設であり、架換工事により道路利用者が河川に落下して傷害を蒙つた場合は河川自体に瑕疵あるものとして、被告国は所有者管理者として国家賠償法二条の責任を免れない。
6 原告英世は本件事故により次の損害を蒙つた。
(一) 過失利益 金一〇二五万九八八六円
原告英世は、本件事故による傷害のため大腿部から両足を切断し労働能力の一〇分の七を喪失した。ところで、同原告は将来少なくとも五一、二六年は存命し、うち就労可能年数は四三年間と考えられ、その間の逸失利益は同原告が傷害を蒙つた当時の男子労働者の全国平均月額賃金の額金二万九九〇〇円を標準として、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出した金一〇二五万九八八六円となる。
(二) 慰藉料 金五〇〇万円
原告英世は前記のように大腿部より両足切断の手術を受け下半身は不随で、風邪その他の病気による発熱をみる場合、膀胱結石の危険があり、常に付添人を要し、細心の健康管理が要求されているばかりか、放尿、排便は神経麻痺による自然放排が不能なため浣腸薬等を使用して圧迫放尿排便をしなければならず、これらは一般家庭で容易に行えるものでないため、週に三、四回設備のある病院に通院し、その都度入浴施設をも利用している状態で、労働能力も前記のとおり一〇分の七を喪失するに至つた。これらのことを考慮するときその精神的苦痛に対する慰藉料の額は金五〇〇万円を下らない。
(三) 昭和四一年四月二日以降支出した諸費用。
(1) 医療費金五、五〇〇円(浣腸薬一〇箱、一箱金五五〇円)
(2) 通院費金一五〇〇円(昭和四二年三月三一日尼崎労災病院を受診するに要した受診料および交通費の合計)。
(3) 補装具等購入費金八万一八〇〇円(車椅子代金三万二〇〇〇〇円、膝関節用装具および義足金四万九八〇〇円)。
(4) 高校通学交通費金一万一六一〇円(昭和四一年四月八日から同年六月二日まで四三回にわたつて下校時タクシー一回二七〇円を利用したタクシー代)。
(5) 特殊自動車購入費等金二三万六八八〇円(内訳マツダクーペ中古車購入費金一五万円、手動装置架装料金一万円、自動車災害保険料金二万七六〇〇円、自賠保険料金三八〇〇円、自動車修理費昭和四一年七月から昭和四二年七月まで六回金一万一八五〇円、ガソリン代昭和四一年六月より昭和四二年八月まで合計金二万二六三〇円、軽四輪の免許取得のため要した教習費金五〇〇〇円、ガソリン代金二五〇〇円、受験料交通費その他金三五〇〇円)。
(四) 将来必要とする費用。
(1) 身体障害者用手動装置付特殊自動車購入資金三七七万六〇〇〇円(ただし、一台金四七万二〇〇〇円、四年に一回の割合で買換えを必要とするので予定生存年数51.26年として買換え八回を必要とする)。
(2) 歩行用補装具等購入費金九九万六〇〇〇円(一組金四万九八〇〇円、買換え二〇回分)。
(五) 弁護士費用 金三〇九万四三七六円
原告英世は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、訴訟費用実費金九〇〇〇円および手数料金三万円は扶助協会が立替えて支払つたほか、勝訴の場合の成功報酬として訴訟委任契約上取高の一割五分である金三〇五万五三七六円の弁護士費用を支出することになる。
7 原告章央、同キクエの蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 慰藉料 各金五〇万円
原告章央、同キクエは、原告英世の両親で、同原告が本件傷害により測り知れない精神的苦痛を蒙つたが、右苦痛を慰藉すべき金額は各金五〇万円が相当である。
(二) 弁護士費用 各七万五〇〇〇円
原告章央、同キクエは弁護士である本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、勝訴の場合成功報酬として訴訟委任契約上取高の一割五分である各金七万五〇〇〇円の弁護士費用を支出することになる。
8 よつて、被告らに対し、各自原告英世に金二、三四六万三五五二円を、原告章央、同キクエに対し各金五七万五〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年一一月一〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
9 なお原告英世が本件二五〇CCの軽二輪車の運転免許は有していなかつたが、一二五CCの運転免許は有していた。
三 被告原戸組の主張
1 原告主張1、5、6の事実中、原告英世が昭和四〇年三月二二日夜軽二輪車を運転して加西市上田―構線の市道を北進中、万願寺川へ流入する排水路に架けられていたウリヤ橋が架換工事のため取毀たれていたので川底に転落して負傷したことは認めるが、その余の事実は争う。
2 被告原戸組がウリヤ橋の架換工事を含む青野ケ原演習場周辺防災工事を被告兵庫県から請負い工事中であつたことは認めるが、同被告が右工事につき過失があつたことは否認する。すなわち、
被告原戸組は本件工事に着手するに当り、工事現場から南方約一〇〇メートルの地点の通行人の見やすい道路わきに「通行止」と書いた標識の板を立て、前方への通行を禁止する旨を明示しており、また本件工事現場の南詰の道路の両側に杭を立て、これに繩を張り、通行止めの表示をしていた。
本件事故の発生した道路は幅員約2.5メートル(使用路面幅員約1.7メートル)の道路で繁昌と繁陽の二地区を連絡し、もと県道であつたが、昭和一七年県道泉―高砂線の開通により廃道となつた。これを当時の九会村が払下げを受けて村道に認定し、それが順次加西町道、加西市道となり現在に至つた。県道泉―高砂線は本件道路に併行して約八〇メートルを隔てて殆んど直線に南北に通じ、本件道路は南は上田地区において右県道と交又してその西側に出て県道に併行して北に通じており、構地区に至つて再び県道に合流する。右県道は幅員が広くかつ舗装されており、車の走行には至極便利で、かつ距離も殆んど変らず、またウリヤ橋の旧橋は古い土橋であつた関係もあり、繁昌と繁陽の両部落間の通行、特に車の通行は専ら県道を利用していた。本件市道の沿道には人家はなく両側に墓地があり、右二部落の者が田畑へ野良仕事に出る往復のため農道として利用されていたにすぎず、本件工事中は季節的にも一般歩行者の通行も絶無といつてよい位であつた。したがつて道路の補修手入れは行われず、路面の凸凹が甚しく、道路の中央部まで殆んど全線にわたつて雑草が生えている有様で、右のような利用度の極めて低い本件道路の通行使用状況のもとでは、前記通行止の標識および危険防止の表示の施設をなしただけで本件道路の危険防止の処置として相当であり、被告原戸組はこの点に関しならんら過失がないものといわねばならない。そして排水路および橋梁の架換工事が完成した今日の本件道路の状態はもとの土橋の頃より橋の取付け部分は道路面より相当高くなり、橋に取付く道路の部分は坂道となつており、本件事故当時の原状とは著しくその高低の度合を異にしている。すなわち、本件事故当時は本件市道は本件橋に達するまで極めて緩勾配で高低差は殆んどなく、平坦で見通しもよく、また前記繩張りの外に、橋を取毀つた箇所の対岸(北側)の道路際の道幅いつぱいに高さ一メートル以上の土が盛られていたから、これらの障害物は何人にも容易に発見できた得たはずである。したがつて、旧橋が取毀たれ通行不能であることをたやすく気付くことができた。本件事故は夜間に発生したが、当時は降雨中または雨の降り止んだ直後で道路は前記のとおり路面不良の悪路であつたが、原告英世の当時乗用していた軽二輪車の前照灯は前方一〇〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有していた(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号道路運送車輛の保全基準三二条二項二号)。自動車運転者としては、当然に右の諸事情を勘案して、事故の発生を未然に防止するため、前方を注視し障害物が前照灯の照射内に入つたときは停止できるような速度で進行する義務を負つている。したがつて、原告英世が右諸般の状況の下で安全運転に徹していれば、前示通行止の標識や繩張りや盛り土などの前方の障害物を容易に発見することができ相当の余裕をもつて停車できたにもかかわらず、無免許の未熟な運転技術でしかも安全運転の知識も欠けているのに漫然と時速約三〇キロメートルで進行し、通行止の標識や繩張りや盛土も無視したかあるいは不注意にも気付かなかつたため、本件事故が発生したもので、その責任はあげて原告英世にあり、被告原戸組にはその責を負ういわれはない。
3 仮りに被告原戸組が損害賠償の責を負うとしても、本件事故発生については前記のとおり被害者である原告英世の過失が寄与していることは明らかであるから、損害賠償額の算定については右事実を斟酌すべきである。
四 被告加西市の主張
1 原告主張1、5、6事実中、原告英世が原告らの主張日時頃、軽二輪車を運転して原告ら主張の市道を進行中万願寺川支流に架けられていたウリヤの土橋の地点で川底に転落して負傷したこと、右土橋が架換工事のため取毀たれていたことは認めるが川底までの深さが四メートルであつたことは否認する。進行速度進行方向、負傷の程度、原告らの損害は知らない。その余の事実は争う。
2 被告加西市は本件事故につき責任はない。
(一) 本件事故当時本件ウリヤ橋は被告加西市の管理の下にはなかつた。すなわち、本件水路は万願寺川に至る青野ケ原の排水路で国有財産であり、また堤防敷はもと国有財産で、戦前その約八割は払下げにより民有地となつたが、この堤防敷も本件工事の際に被告兵庫県が買収した。本件水路の管理は被告加西市も地元民もしていない。
そして本件事故当時事故現場では、被告兵庫県が万願寺川に至る用水路の改修工事を実施していたが、右改修工事は次のような事情に基づくものであつた。被告加西市の東北部にある青野ケ原は終戦後アメリカ駐留軍の演習場として接収されていたが、その間の重車輛による踏荒し、樹木の乱伐等により右台地は荒廃し、青野ケ原を水源とする農業用水系もまたこれに伴い荒廃し、水不足と洪水被害に悩まされ、本件水路も土砂の流下堆積が甚しかつた。そこで「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」(昭和二八年法律第二四六号)による「青野ケ原演習場周辺第三次防災工事」として、被告兵庫県が本件水路を含めて用水路の改修工事を施行、本件水路の拡張工事を行なうと共にその付帯工事としてウリヤ橋を架換えるため旧橋を取毀つた。そして被告原戸組との本件工事の請負契約は勿論のこと、設計、施工、監督はすべて被告兵庫県がなし、被告加西市に対しては工事日程の通知すらなく、道路法二四条による承認も求められていなかつた。前記のように本件事故当時土橋は存在しなかつたから被告加西市の管理の対象となるものはなく、事故現場付近は排水路、堤防を管理していた被告兵庫県の管理下にあつた。
(二) 被告加西市が仮りに管理していたとしても、管理に瑕疵はなかつた。すなわち、本件市道は上田―構線幅員約2.5メートル(使用路面1.7メートル)で、繁昌と繁陽の二部落間を連絡し、もと県道であつたが、昭和一七年県道泉―高砂線の新道開設に伴い一旦廃道となつたものを当時の九会村が県から払下げを受け、その後町村合併により町道となつた。本件市道の東約八〇メートルのところに本件市道と並行して前記県道泉―高砂線が通じ、右県道は幅員も広く、かつ舗装され、また距離も殆んど変りがないうえに、架換工事前はウリヤ橋は土橋であつたので、繁昌と繁陽の両部落間の通行特に車の通行にはもつぱら右県道が利用され、本件市道は右二部落民が付近の田畑に耕作に出る時の県道として利用されているような状況であつた。そして本件架換工事を請負つていた被告原戸組は、工事現場より約一〇〇メートル南の地点の道路わきに「通行止」と書いた標識の板を立て、またウリヤ橋南詰の両端に杭を打ちその間に丸太棒を渡し、更に工事のため切倒した樹木を枝葉をつけたまま横たえて通行止の柵代りとしていた。したがつて、前記本件道路の利用状況からみると、右措置で充分な危険防止措置がなされたということができる。ところが被告原戸組は本件事故前日に工事用機械を移動させるため通行止の柵代りの樹木を取除いたあとを元通りにしておかなかつた。被告加西市のような小町村では本件市道の如き利用状況にある道路まで毎日その状態を監視することは不可能であり被告加西市には本件市道の管理に瑕疵があつたものとはいえず、本件事故は柵代りの樹木を元通りにしておかなかつた被告原戸組およびこれを監督していた被告兵庫県の責任によるものである。
3 本件事故の発生は、被告原戸組の主張のとおり、被害者たる原告英世の過失に基づいている。仮りに被告加西市が損害賠償の責を負うとしても、損害賠償額の算定については右事実を斟酌すべきである。
五 被告兵庫県の主張
1 原告主張1、5、6の事実中原告英世が昭和四〇年三月二二日夜自動二輪車を運転して加西市上田―構線の市道を北進中万願寺川へ流入する排水路に架けられていたウリヤ橋が取毀たれていたので川底に転落して負傷したことは認めるが、その余の事実は争う。
2 被告兵庫県は本件事故について国家賠償法および民法による責任はない。
(一) 被告兵庫県が本件工事を施行したのは次の事情による。すなわち、米軍が接収し演習場に使用していた青野ケ原台地が返還されたが、原野の荒廃により農業用水路の改修をする必要にせまられ、地元市町(小野市、加西市、滝野町)の要望で防衛施設庁特別損失防止対策事業補助金交付要綱により地元市町が施行する国の補助事業として行われることになつた。ところが地元市町が各地域内の水路の改修を市町毎に別々に施行するよりもこれを統一して行なうことが工事実施の便宜上適当であるとして、国および地元市町から右工事の施行を被告兵庫県にしてほしいとの要請があり、加えて地元市町より地元負担軽減の意味で費用の分担の黙認があり、被告兵庫県はこれらの要請を容れて本件架換工事を含む全般の排水路改修工事の施行者となり、地元が負担すべき工費の一割の内半分に当る五分を被告兵庫県が負担することとして右改修工事を施行するに至り、工事の実施を被告原戸組に請負わせた。
したがつて被告兵庫県は便宜上の措置として工事を施行したもので、本件ウリヤ橋および水路につきその維持管理の任に当る者として本件工事を施行したものではない。
(二) 本件事故現場は万願寺川へ流出する排水路で、河川法による一級河川、二級河川および準用河川のいずれにも該当しない建設省所管の国有財産であり、その管理者は国で、兵庫県知事が国の委任により国の機関として管理事務にあたり、被告兵庫県は本件水路の管理者ではない。また本件道路は被告加西市の管理する市道であり、したぎがつてウリヤ橋も被告加西市の管理するものである。そして国家賠償法二条にいうところの設置管理の瑕疵とは営造物が通常備うべき安全性を原始的に欠いていること、またはこれを失つたことを意味するものであり、本件においては橋は取りはずされていたから、営造物(橋)そのものに存在した瑕疵によつて本件事故が発生したものではない。
(三) 被告兵庫県は被告原戸組に対し本件工事を請負わせたが、工事の内容は当初から契約書別冊の図面、設計書、仕様書等によつて確定しており、請負人である被告原戸組は右内容に従つて注文者である被告兵庫県の指示命令をまつまでもなく独立して工事の施行をすることができ、工事の実施は被告原戸組が自ら労働者を使用し、資材を調達し、工事一切の施行を自己の計算と責任で実施する。しかし土木工事の内容は複雑で工事完成後において注文者の指示した通りの工事が実施されているかを検査することは極めて困難であり、また工事の完全施工を期待するためにも進捗に即して現場で工事の進行を具体的に監視監督し契約が適正に履行されることを確保するため注文者の被告兵庫県は監督員を派遣している。右監督は工事の側面的立場でしかも契約内容についてのみなされ、地方自治法二三四条の二、同法施行令一六七条の一五の法意に従うものである。したがつて工事施行に伴なう第三者に対する危険防止の措置は工事施行者である被告原戸組が自らこれを行なうもので、県の監督員が指示命令すべき職務上の義務を負うものではない。もつとも現場における状況によつては監督員の気付いた注意を与えることはあつても、任務外のことでなんらの責任を負うべきものでない。
なお原告ら主張の「請負契約中の監督員が請負人に対し所要の臨機の措置をとることを求めることのできる災害防止等」とは、契約上予測していなかつた事情によつて工事中生じた災害、例えば出水、崖崩れ等を言い、橋の架換工事に通常伴なう危険防止方法の施工は右「災害等」にあたらない。
本件請負契約は相独立した請負者と注文者との関係であり、損害賠償については民法七一六条によるべく、しかも被告県は同条但書の注文または指図につき過失がないから、原告ら主張の民法上の損害賠償の責任はない。
3 本件事故の発生は、被告原戸組主張のとおり、原告英世の過失に基づいている。仮りに被告兵庫県が損害賠償の責を負うとしても、損害賠償額の算定については右事実を斟酌すべきである。
六 告被国の主張
1 原告主張1、5、6の事実中、原告英世が原告ら主張日時頃、軽二輪車を運転して原告ら主張道路を進行中繁昌繁陽両部落間を流れる万願寺川支流に架けられていた土橋の地点で川底に転落して負傷したこと、当時右土橋が改修のため取毀たれていたことは認めるが、川底までの深さが四メートルであつたことは否認しその余の事実は知らない。
2 被告国は本件橋架換工事の費用負担者ではない。
橋の架換工事は道路管理に属し、かつウリヤ橋を含む本件道路は加西市道であるから、被告国がその費用を負担すべき理由は原則的にない。
被告個の交付した補助金は、青野ケ原演習場内の荒廃により同演習場附近から土砂が流出して排水路下流敷地地に被害を与えることを防止する目的で、本件事故のあつた用排水路を対象として被告兵庫県が施行した「青野ケ原演習場周辺第三次防災工事(その2)につき、被告国(所管庁大阪防衛施設局長)において、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律、同法施行令および防衛施設庁補助金等交付規則に基づき右補助事業者である被告兵庫県からの申請に対し補助金交付を決定し、昭和三九年一二月九日付で同被告にその旨を通知したうえ交付したものである。右の経過から明らかなように被告国は被告兵庫県に対しその施行する防災事業につき補助金を交付したものであり、本件橋を含む道路の管理者である被告加西市に対し、その施行する道路工事について補助金を交付したものではない。また補助金を交付したからといつて国家賠償法三条にいう費用負担者ということはできない。
3 被告国には原告主張の管理責任はない。
万願寺川本流が建設大臣の所管の一級河川であることは認めるが、本件事故発生地点は万願寺川に注ぐ用排水路で、万願寺川の河川区域外であるから、建設大臣が管理しているとはいえない。また橋は道路管理に属し、河川氾濫のため橋が流失したというのなら格別、そのような事実の全く存しない本件事案において河川管理に瑕疵があるということはできない。
4 本件事故の発生原因は被告原戸組主張のとおり、原告英世の過失に基づいている。仮りに被告国が損害賠償の責を負うとしても、損害賠償額の算定については右事実を斟酌すべきである。
七 証拠<略>
理由
一事故の発生
原告英世が昭和四〇年三月二三日午後八時三〇分頃加西市(当時は加西町)大字繁昌と同繁陽の両部落を結ぶ加西市道(当時町道)を、軽二輪車を運転して大字繁陽から同繁昌へ向つて北進中、万願寺川支流の排水路に架けられた通称ウリヤ橋にさしかかつたが、右橋が架換工事中で旧橋は取毀たれていたのでそのまま突込み川底に転落したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一・二によると、同人は右事故により頭部挫創、頭部外傷型、背椎圧迫骨折、第一二胸椎圧迫骨折の傷害を蒙つたことが認められる。
二橋の架換工事について
<証拠>によると、次の事実を認定することができ、反証はない。
1 本件ウリヤ橋は加西市の繁陽と繁昌両部落を結ぶ加西市道(未舗装)が、万願寺川支流に注ぐ排水路と交又するところに架けられたもので、本件架換工事前の事故現場付近は道路幅は2.5メートル(有効幅員は雑草が生い茂つて約1.8メートル)水路幅約四メートル、土橋は川床から約1.8メートルの高さに架けられ、市道は右橋の南側で橋に向つて約二度のゆるやかな上り勾配になり見透しは良好であつた。
2 本件橋の北北東約三キロメートルにはもと駐留軍が接収していた青野ケ原の演習場があり、演習のため同演習場内外の道路、溜池、水路等に損害を与えたので、地元の小野市、被告加西市、滝野町がその治山、治水をすることになり、右工事につき被告国から補助金の交付を受けることになつたがその金額が五〇〇万円をこえるときは市町村でなく県がその対象となることおよび右工事が三市町に跨がることから、被告兵庫県が工事主体となり、被告国(大阪防衛施設局所管)に申請して昭和三九年一二月九日付で「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」(昭和三〇年法一七九号)第六条一項により「青野ケ原演習場周辺第三次防災工事(その2)補助事業等」として工事費金一一七〇万円の九〇パーセントである金一〇五三万円の補助金を受け、被告県が五パーセント、地元の三市町が五〇パーセントを負担して、被告兵庫県が県営工事として右工事を施工することになつた。そして被告兵庫県は昭和三九年一二月一八日被告原戸組と繁昌地区内の防災工事(山ノ谷水路工事)の請負契約をし、被告兵庫県の社土地改良事務所の監督下に被告原戸組は本件ウリヤの土橋を昭和四〇年二月下旬頃取毀ち、北側の堤は約一メートル、南側の堤は約二〇センチメートル盛土し、また北側、南側から杭打ちをして、工事中であつた。
三被告原戸組の責任
前認定のように被告原戸組は、本件橋の架換工事をし旧橋を取毀つたのであるから、右工事の施行者として、道路が通じているものと信じて同所を通行する者があることにより発生する危険を防止するためその注意を喚起する通行禁止を表示する標識および通行禁止のための防柵等を設置すると共に照明等により夜間においてもこれを認識できるようにし、自動車運転者においても夜間でも制動距離内で容易に発見して同所の通行を避けることができるようにする義務があるものといわなければならない。
ところで<証拠>によると、昭和四〇年二月二〇日ごろ旧橋を取毀つた際被告原戸組の担当者である入江および高橋が同所から南方へ約一〇〇メートルの地点に幅約三〇センチメートルと約四〇センチメートルの板にマジックインキで通行止と書いた標識を立て、また橋の付近に原木の丸太を置いたことが認められる。しかし<証人略>の証言中同人がウリヤ橋南詰の市道の両肩に杭を打ち路面から約六〇センチメートルの高さに縄を張つたとの供述部分は<証拠>の記載を併せ考慮しても、後記各証言と対比するときはにわかに信用することができない。そして<証人略>の証言によると、同人が旧橋が取毀たれた後(証言では二月八日とあるも前認定よりして証言の誤りと解される)夜間自動車で繁陽から繁昌方面へ赴くべくウリヤ橋にさしかかつた際標識等なんらの設置がなく危く川床へ転落しかかつた事実が認められる。また<証人略>の各証言による、山端友治が事故後捜しに行つたときおよび翌朝調べに行つたとき、玉木兵治が翌日調べに行つたときは縄張り等は勿論標識等なんらの設備がなかつた事実が認められる。したがつて被告原戸組は工事施行者に対し課せられた義務を尽したとはとうてい認められず、注意義務を怠つた過失があることは明らかである。<証拠>により認められる本件市道の東側に県道が並進しており、殆んどの車両が本件市道を避けて右県道を通行するのが常であつた事実も右過失の認定を左右するものでない。
したがつて、被告原戸組は不法行為者として本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
四被告加西市の責任
道路の管理者は、その管理する道路を常時安全良好な状態で維持、管理して交通の安全性を確保すべき義務があるところ、被告加西市が管理し市道の一部となつていたウリヤ橋が取毀たれしかも危険防止のための充分な設備がなされずに放置されていたことは前示のとおりであつて、右事実によると道路の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。もつとも<証人略>の証言によると、ウリヤ橋の取毀ちについては被告県ないし被告原戸組から被告加西市に通知がなく、被告加西市は取毀ちの具体的事実を知らなかつたことが認められる(ウリヤ橋の取毀ちが防災工事としてなされることを被告加西市が知つていたことは右証言によつても明らかである)。しかし国家賠償法二条の道路管理についての瑕疵の責任は過失を問うものではないから、上記事実は右責任の所在になんらの影響を与えるものでない。そして右道路の管理につき瑕疵があつたため本件事故が発生したことは上記認定のとおりである。
したがつて、被告加西市は道路の管理者として、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
五被告兵庫県の責任
被告兵庫県が万願寺川ウリヤ橋の管理者である証拠はないが、前示のとのおり被告兵庫県は万願寺川およびウリヤ橋の架換工事を含む青野ケ原演習場周辺防災工事の事業者で、その費用として自ら五パーセントを支出したほか、補助を受けた九〇パーセントは被告兵庫県名義となり結局九五パーセントを負担しているから被告兵庫県は、公の営造物であるウリヤ橋の架換工事の費用負担者というべきである。そして右架換工事はウリヤ橋の設置管理につきなされたことは明らかであり、右設置管理につき瑕疵がありそのため本件事故が発生したことは上記認定のとおりである。
したがつて、その余の点を判断するまでもなく、被告兵庫県は国家賠償法第三条の公の営造物の設置、管理の費用を負担する者として本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
六原告国の責任
1 原告は、被告国が費用負担者として国家賠償法三条一項による責任を負うと主張する。
ところで国家賠償法三条は公権力を行使した公務員の選任監督または公の営造物の設置管理に当る者のほかその経済的費用を負担する者も賠償責任を負うことを規定したものであるが、その経済的費用負担者とは自己の名で費用を負担している者すなわち費用負担名義人を言い、単なる補助金や助成金の支出は右費用負担とならないものと解するを相当とする。本件において国は九〇パーセントの費用を支出しているが、上記のように右は補助金であり、青野ケ原演習場での進駐軍の演習による荒廃に対する補償的性格を有し、国が右費用を支出したからといつて費用負担者となつたものではない。原告らの右主張は採用できない。
2 次に原告らは橋梁は河川の適正な利用と無関係ではなく、橋が取毀たれていたことは河川の管理の瑕疵にあたる旨主張する。しかし橋梁は道路と一体をなし通行の便益に供するもので河川とは別個独立の営造物であり、河川の利用に影響を与えない限り河川の瑕疵と無関係である。本件事故は道路を通行する際発生したもので河川の利用とは関係ないから、その余の点を判断するまでもなく、原告らの右主張は採用できない。
したがつて被告国は本件事故について責任がない。
七原告英世の損害
1 財産的損害
(一) 逸失利益
<証拠>によると、原告円井英世は、本件事故当時満一七歳(昭和二二年七月二日生)の男子で高校二年生であつたこと、同原告は家計を維持するため高等学校卒業後直ちに就職する予定であつたこと、しかし本件事故により両下肢をひざ関節以上で失つたため右学歴だけでは就職することが困難であるので、昭和四二年四月に関西大学商学部に入学したことが認められる。そうすると同人はその平均余命53.01年(厚生大臣官房統計調査部編第一二回生命表参照)の範囲内で、同原告主張のとおり少なくとも四三年間は就労するであろうことを推認でき、また右就労期間中の月収が期間を通じて同原告主張の金二万九九〇〇円であることは労働省労働統計調査部編昭和四一年賃金センサス第一巻第二表により認めることができる。そして同原告は本件事故により両下肢をひざ関節以上で失つていることが認められ、右障害の程度は自賠法施行令別表一級に該当し、そのため、同原告主張の労働能力の一〇分の七を少くとも喪失していることを推認することができる。したがつてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価に換算すると金五五一万八一六〇円となることが次のとおり計算上明ららかである。
月収 29,900円
就労可能年数 43年(18〜61年)
係数(一年後に卒業することとを考慮)21,9707(229,230(44年)−0.9523(1年))
(29,900×12ケ月)×21,9707(係数)=7,883,087円
7,883,087円×(労働能力喪失率)=5,518,161円
(二) 昭和四一年四月二日以降支出した諸費用
(1) 医療資金五五〇〇円(浣腸薬)の支出を認めるに足る証拠はない。
(2) 通院費金一五〇〇円(昭和四二年三月三一日尼崎労災病院に通院)を認めるに足りる証拠はない。
(3) 補装具等購入費金八万一八〇〇円(車椅子代金三万二〇〇〇円、膝関節用装具および義足金四万九八〇〇円)。
<証拠>により右金額を認める。
(4) 高校通学交通費金一万一六一〇円(昭和四一年四月八日から同年六月二日まで計四三回、一回につき二七〇円)。
<証拠>により認める。
(5) 特殊自動車購入費等金一九万一四〇〇円(マツダクーペ中古車購入費金一五万円、手動装置架装料金一万円、自動車災害保険料金二万七六〇〇円、自賠保険料金三、八〇〇円)。
前記認定のとおり原告英世は両下肢を膝関節以上で失つているから手動装置付特殊自動車を必要とすることは推認でき、<証拠>により、同原告が昭和四一年後半に特殊自動車を購入し保険料等を加えて右金額を支出したことを認める。
(6) 自動車修理費金一万〇六〇〇円。
<証拠>により認める。
(7) ガソリン代金二万二六三〇円。
<証拠>により認める。
(8) 軽四輪運転免許取得に要した費用金一万一〇〇〇円。
<証拠>により認める。
(三) 将来必要とする費用
(1) 特殊自動車購入費金二八五万九五六四円
前記認定のとおり原告英世は両下肢をひざ関節以上で失つており、また既に中古自動車を改造して特殊自動車としているから、今後も手動装置特殊自動車を必要とすることを推認でき、<証拠>によると、右自動車は一台金四七万二〇〇〇円であることが認められる。そして「減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令一五号)」によると右自動車の耐用年数は四年であるから、四年に一回自動車を購入する必要があることが認められる<同原告は三年に一回と供述するが右供述は採用しない>ので、原告英世が主張するように存命期間中一三回は購入する必要がある。右自動車を購入するのは昭和四五年から四年毎として計算するを相当とする。これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時の現価に換算すると金二八五万九五六四円となることが次のとおり計算上明らかである。
47万2000円×(0.8333+0.7142+
0.6250+0.5555+0.5000+0.4545+
0.4166+0.3846+0.3571+0.3333+
0.3135+0.2941+0.2777)=
285万9564円
(2) 歩行用補装具購入資金四〇万三二七五円前記認定のとおり原告英世は両下肢を膝関節以上で失つているので、歩行用補装具を必要とすることが認められ、<証拠>によると右代金は金四万九八〇〇円であることが認められる。そして補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準(昭和三六年四月一日厚生省告示第七七号)によると右歩行用補装具の耐用年数は三年であるから、三年に一同歩行用補装具を購入する必要があることが認められる<証拠>ので存命期間中には一七回購入する必要があり、右歩行用補装具を購入するのは昭和四四年から三年毎として計算するを相当とする。これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時の現価に換算すると金四〇万三二七五円となることが次のとおり計算上明らかである。
4万9800円×(0.8695+0.7692+
0.6896+0.6250+0.5714+0.5263+
0.4878+0.4545+0.4255+0.4000+
0.3773+0.3571+0.3389+0.3225+
0.3076+0.2941+0.2861)=40万3275円
(四) 過失相殺
前示のとおり本件事故現場への市道は未舗装で約二度の緩やかな上り勾配で見通しも良好であつたこと、約四米の水路幅の対岸には高さ約一米の盛土があつたことが認められ、また検証の結果によると新橋になつてからも前方約一二七米の地点から新橋を見ることができるから、自動車の照射距離が夜間一〇〇米(昭和二六年運輸省令道路運送車輛の保安基準三三条)であることを考慮すると、自動車運転者が前方を充分注視して進行していたならば右対岸の土盛りを発見し、右発見と同時に停車措置をとるか減速徐行の措置をとつたならば水路の前方において停止することが可能であつたと認められる(前示のように未舗装であるから舗装道路に比べて自動車の速力をだしにくくまた制動距離も短かくてすむ)。そうすると、本件事故の発生について原告英世の過失もその一因をなしているものということができ、この過失を被告原戸組、同加西市、同兵庫県の過失と対比すれば、その寄与の割合は原告英世の一に対し被告原戸組、同加西市、同兵庫県を九と認定するのが相当である。
ところで、原告の本件受傷による財産的損害の合計額は前項(一)ないし(三)において認定した合計額金九一一万〇〇三九円となるところ、これを前記の過失の割合にしたがい過失相殺すれば、被告原戸組、同加西市、同兵庫県において賠償の責に婦すべき損害額は金八一九万九〇三六円となる。
2 慰藉料
前記認定の諸事実その他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すると、原告の苦痛を慰藉すべき金額は金四〇〇万円と認定するのが相当である。
3 弁護士費用
原告英世が本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、これに前記認容額、被告らの抗争の程度、証拠蒐集の難易等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害の一費目としての弁護士費用は金一〇〇万円と認定するのが相当である。
八原告章央、同キクエの損害
1 慰藉料
<証拠>によると、原告章央、同キクエは原告英世の両親で、原告章央が勤務した造船所で事故により両手および片足を失い、夫婦で細々と文房具商を営みながら育んできた長男英世が本件事故により両下肢を膝関節以上で失なうという重傷にあい、同原告の将来の方針も一変せねばならない状態になつたことにより同原告が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を慰藉すべき額は、前認定の苦痛の程度、本件事故の態様、原告英世に対する損害賠償認容額等諸般の事情を考慮すると、各一〇万円と認定するのが相当である。
2 弁護士費用
原告章央、同キクエが本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、前記認容額、被告らの抗争の程度、証拠蒐集の難易等諸般の事情を考慮すると本件事故と相当因果関係にある損害の一費目としての弁護士費用は各金一万円と認定するのが相当である。
九結論
以上により、原告らの本訴請求中、被告兵庫県、同加西市、同原戸組に対し、原告英世が各金一三一九万九〇三六円および内金一二一九万九〇三六円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年一一月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、原告章央、同キクエが各金一一万円および各内金一〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年一一月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はそれぞれ理由があるが、同被告らに対するその余の部分および被告国に対する部分は失当である。
よつて本訴請求中右理由のある部分を認容し、その余の部分を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(村瀬泰三 友添郁夫 糟谷邦彦)